ADHD的海外生活

海外在住ADHD男の話

はじめに2 自分のこと

最近少し忙しく、間が空いてしまいました。ちゃんとした文章を書こうとあんまり気負ってブログに取り組むと性格上長続きしないので、短文でもいいからちょくちょく更新するスタイルでいきたいと思います。 さて自己紹介とこれまでの人生のあらすじ後編です。堕落した半年の引きこもりニート生活を辞めるため決意したのは、意外にも海外留学でした。 もともと学生時代に海外旅行をしてたこともあり、海外はほんの気分転換のつもりでした。ですがただの旅行だとバックパッカー崩れの外こもりニートになりかねないので(これについてはまた書きます)自分の残されたポテンシャルや集中力を試すためにも勇気を振り絞って語学留学に行くことにしました。 今人気のフィリピン英語留学です。(こちらも後日詳しく説明します) 結果としては、最高にいい決断だったと思います。半年間の滞在でしたが、良い出会いや考えに接することができ、フィリピン人の底抜けの明るさに触れていつの間にか自分の鬱なんか吹っ飛んでしまいました。 治安が悪く、政府が腐敗していて社会保障も充分でなく収入も月に2万円程度(大卒)で大家族を養わなければいけない・・・日本だったら自殺者が出るような状況ですが、フィリピン人はそんな中ほんとうによく笑ってます。国別総幸福度でもかなり高ポイントのようです。 そして帰国する前に、働くフィールドはなにも日本の中でしかも会社勤めでなければいけないなんてことはないと気づきました。 なにより、歯が一本しか残ってないスラム街のじいさんが今日までしっかり生きてこれてるってことは、恵まれた環境に生まれた自分にも生きていけるはずだと・・・! また、日本社会のルールはかなり独特で、皆同じでなくちゃ異質な存在扱いされる同調圧力だったり、暗黙のルールに空気呼んで従わないと実質世間の流れに上手く乗れないなど、発達障害を持つ人間にとってはかなり生きづらい部分が多いです。 わかりやすい例が、周囲からの「あいつ変わってるよねー」が日本なら間違いなく悪口になりますが、少なくとも欧米や一部のアジアでは誇るべき個性としての褒め言葉です。 そんな多様な個性が認められる(あるいは尖った個性が気にならない)場所で生きたいなと強く思うようになりました。 帰国してからは、ひたすら職探しをしました。ハロワ、転職エージェント、求人サイト、海外のネット掲示板などなど使えるものはなんでも。 ノースキルで新卒2年以内に辞めた私を雇ってくれる求人は少なく、かなり大変でしたが縁あって今のところに現地採用で就職できました。ちなみに、私はクローズで(障害を隠して)就活しました。正直オープンだと、現時点で海外就職はまず無理だと思います。 ここで働き始めてそろそろ半年・・・日本では起こりえない珍事件に日々遭遇しますが、非常に楽しく充実した生活が送れてます。 と、こういう感じで海外での生活の記録のほか、備忘録として思ったことをブログにしていこうと思ってます。なにか気になることがあれば気軽にコメント下さいね!!

はじめに

(本ブログは2015年に中断して2017年再開しました)

 

ここにお越し頂きありがとうございます。

最近認知度は上がってきているようですがマイナーな発達障害

一般の人にその存在を知ってもらえれば、周りに疑いのある方がいた時

もっと関係が築きやすくなると思っています。

 

大人の発達障害を持っている当事者が書いているブログがまだ少ないことから、

それに悩んでいる方が少しでも楽になればいいなと思い始めました。

また、単に海外就職ブログとしてニート・フリーター・ひきこもりや

中二病をこじらせている方などに「海外」という選択肢で

吹き溜まりから脱出するきっかけになってくれればいいなとも考えてます。

 

※ブログ主の経験談を語っているだけなので全ての情報をうのみにしないで下さい。

 

全体のテーマとして、ちょっと障害があろうが貧乏だろうが、

楽しく前向きに生きてりゃいくらでもいいことあるよ?ってことを

いいたいです。自分自信悲観的な面が多いと感じるので

そういうブログにしたいです。気軽にコメントしてくれたら嬉しいです。